ささまる血風帳

140字にまとめるのが苦手

笹ノ昔噺1 〜孤独とパンクと京女〜

え?これ何ヶ月ぶり?

と思ったらバブルぶりくらいなので大体7ヶ月くらい。1年空かない限りはほぼ毎日更新と言っても差し支えないはずなので、今日も元気に毎日投稿をしていく所存である。

今ここまで読んでくれている読者諸兄におかれましては、おそらくこうお考えのことだと思う。

「タイトルにナンバリングしてるけどどうせお前続けへんやろ?」

 

うっせ〜〜!!うんち!!

 

今電車でこれを書いているのであるが、隣に座った女性が僕のスマホの画面で煌々と輝くクソデカい「うんち」を見ておそらくギョッとしたので、早めに画面からこの「うんち」を追い出すべく可及的速やかに文字を綴って行かねばならないのであるが、こうして「うんち」と綴るたびにその悲願は達成するに能わず、ただただ虚しく画面に「うんち」が堆積していくばかりなのである。さすがに画面上に糞が5つあるのはさしもの僕であれど一定の羞恥心を抱くことであるので、早めに流していきたいと思う。

「うんち」だけにな!

そろそろ本題に入ろうと思うが、最近の僕は小説作品を書くことに関して少し頭打ちしているような気がする。これまでは明確に「前のよりええやろこれぇ…」と完成時には粘ついた笑顔を浮かべていたものだが、最近はそんなこともなく、「前のもいいし今回もいいなあ…」くらいになって、イマイチ成長というものを感じない。いや、そもそも成長ってなに?

正義って何?

強くなるって何?

という「バトル漫画に出てくるそこそこ強めのクソガキ敵」みたいな発想も頭には過ぎるものの、やはり小説的なきっちりとした文体でばかり物を書いていると、文章に柔軟さが無くなって来るのかも知れないとも思うのである。

ところで、僕はそこそこに変な人生を歩んでいるようにも思う。というか周りに居るのが変な人間ばかりなので、自然と変なことに巻き込まれやすいと言った方が良いかも知れないが。

ということでこれから、僕の昔の出来事を私小説的、ないしはエッセイ的に書いていこうという試みである。もちろん話は盛るし、どこからどこまでが本当かどうかなど読者諸兄には分からないものとして描くのだが、ともかく僕の敬愛する森見大先生のように、…いや、あそこまで妄想を拗らせてはいないが、ああいう感じで書いていくよということだ。

そう言えば「諸兄」って物言いも最近だと炎上しそうですよね。

いくよー。

 

今は昔、平成という時代ありけり。あ、もう文語やめます。

とかく、平成という元号はいい。「ヘイセイ」である。この語呂の良さが無ければかのHey!Say!JUMPも産まれていなかったかと思うと、やはりこの天才的なネーミングセンスには脱帽して五体投地せざるを得ないのであるが、僕は別にHey!Say!JUMPにそこまで興味があるわけでもないので、令和生まれをメンバーに揃えたアイドルグループの名前でも考えようと思うのだが、「れいわっふる」くらいしか可愛らしい名前が思いつかない自分の無力さをただただ呪うしかなく、深い悲しみに打ちひしがれることとなった。

大体そんな感じで、大学に入ったばかりの僕は甚だ機嫌が悪かった。第一志望に入ることも出来ず、こうなれば大学生から一人暮らしでもしてやろうと京都のそこそこ綺麗で有名な私立大学に入学することを目論んでいたのだが、親への義理立てで受験していた後期試験に奇跡的に合格してしまい、破格の学費に釣られてその公立大学に入学したところ、とかく設備が古い、汚い、みすぼらしい。その辺の私立高校の方が余程綺麗に整備されているであろうレベルの校舎、独房のようなサークル棟。ああ、さようなら僕のオシャレ大学時代──。

そんなわけで、この世の全てを呪殺せんとするような眼光で臨んだ入学ガイダンス。ああ、もう俺は華々しい大学時代など願い下げだ、ここで崇高な研究者にでもなって本に埋もれて死んでやるのだ──。そんな僧侶のような諦念を抱きながら会場に足を踏み入れ、そして僕は己の目を疑った。

なぜお前らは入学前からTwitterで繋がっている?

レギュレーション違反である。どういうわけか、初めて顔を合わせるはずなのにもうグループが出来ている。お前らは合コンにでも来たのか。

まあよい。そう心の中で鼻をふんと鳴らしながら、席に座ってスマホをぽちぽちと触る。開いた画面は、高校時代から交際し奇跡的に同じ大学に入学した愛すべき恋人とのチャットである。ガイダンスが終われば学内を一緒に見て回って、適当に何かを食べて帰ろうと約束していた僕は、それでギリギリ心の平静を保っていた。

話面白くないなあ。

周りから聞こえてくる、まだ距離感を掴み切れていないが故のペラペラ激寒大声トークに、スマホを叩く指の力は増幅する一方である。あと1秒ガイダンスが始まるのが遅れていたら、間違いなくスマホを木っ端微塵に粉砕して、取り出したレアメタルをアヤシイ業者に売っ払ってその金で青春18きっぷを購入、弾けもしないギターを担いで誰も知らないどこか遠くの街へボンボヤージュしていたところであるが、ともかく説明が始まったので、無事で済んだスマホを鞄にしまったのだった。

 

ガイダンスも終わり、何やら入学オリエンテーション的なキャンプの話を上級生が新入生にしていたところで、そんなものに連れて行かれてたまるかと僕は大講義室を転がり出た。ちなみに殆どの新入生はその場に残ったようである。逃げるように飛び出してきたのは僕と、何やらパンクな風貌の美人の女と、明らかに何かに間に合わなそうな優男と、そして「偏屈」という言葉をドロドロに溶かした上で人間の型に押し込めて作られたのではないかと言わんばかりの妖怪くらいであった。各々疲弊し切った顔で、言葉も交わさずに散り散りになっていくが、そこには確かな絆が存在していた。──いや、呪いというべきかも知れないが、そのことについては追々言及することになるだろう。

僕は恋人、──これを書いている今ではもうその関係に当たらないので心が痛むから、涼香(りょうか)と呼称することにするが、彼女とは連絡がつかないので、適当にぶらぶらとキャンパスを歩き回ることにした。やはり4月、学内には浮かれた雰囲気が立ち込めていて、やはりどうしようもなく浮かれ気分にはなる。断っておかねばならぬことだが、僕は浮かれ気分の人間を妬み嫉む趣味はない。ただ、自分がその中に身を置くのを嫌うというだけで、人が楽しそうにしているのを見るとそこそこに喜べる人間ではある。学内のそこかしこで学内サークルによって敢行されている新入生歓迎バーベキューから発生する炭の匂いに、今日の夕飯は焼肉に行こうなどと単純にも影響されながら、人の居ない方へ、居ない方へと進んでいく。焼肉はうまい。僕はご飯を食べるならハラミ、そうでないならタンが好きだ。

そんなことを考えていると、コンクリートの上に茶色い物体が転がっている。ちょうど焼肉のようであったが、近づくとそれはむくりと起き上がった。大学には色んな生き物がいる、と高校時代の先輩が疲弊した顔で語っていたのを思い出すが、それは誇張では無かったのだと僕はぎょっとした。

「…猫か 驚かせるなよ」

果たして動く焼肉の正体は子猫であった。親は近くに居ないようであったが、特に学内で飼われているというわけでもなさそうであった。

近づけど近づけど逃げない。子猫にすら僕は舐められているのかと嘆息したが、ちょうど行くアテもないし、人もちょうど居ないのでこいつと戯れておくことにする。涼香も猫が好きであったはずなので、あとではしゃぐ姿が見られるかも知れない。ちなみに僕は猫アレルギーなので撫でたりは出来ない。

校舎の近くのコンクリートに座ってふわぁ、とあくびをすると、猫が僕の靴をくんくんと嗅いでいる。やめておけ、それは結構臭い。ぎょっとした顔をすると、猫は僕の近くでまたごろんと寝転がって焼肉形態に移行した。ちょうど良いので「はらみ」という名前を付けてやった。

大学へ華々しく入学し、そして最初に交流した相手が猫であるのは、おそらく今この学内に僕だけであろう。このままこの子猫とコネクションを構築し、それを通じてたくさんの子猫を集めて学内に「ささまる猫喫茶」を開店、そのまま学内の猫好き女史に大モテしてしまってもいいのであるが、普通に体調が悪くなりそうなのでひとまず諦めてやることにする。そんなよしなし事を思索していると、何やらさっき見たばかりの人間が煙草の箱を握って校舎からばたりと出てきた。さっき散り散りになったばかりの、パンクな美人だった。互いに凄まじく気まずそうな顔をした。いかにも「他に行くところがありますよ、あんなくだらないキャンプの説明なんか受けていられないのです」と言わんばかりの顔をして別れたばかりにも関わらず、彼女は法律的にかなりグレー気味、というよりちゃんとアウトの煙草、そして僕に至っては孤独を拗らせて猫である。僕が猫を吸える人間であれば、「キミは煙草吸うの?俺も吸うんだよね、猫の方だけれどさ」などと小粋なジョークを飛ばして彼女の歓心を買うことが出来たのであるが、あいにくそんなことをすれば僕の呼吸器官は間違いなく機能停止してしまうわけで、つまりその瞬間の僕は猫を愛でているわけでもない、ただのはぐれものであった。

何もしないで去るのも気後れしたらしく、パンクな彼女が煙草に火を点ける。美人であるから、その様は随分と様になっていた。ふうっ、と煙を吐いて彼女が呟く。

「猫」

返答に困る。今僕の足元で焼肉形態になっているはらみの生物学的な呼称をぽつりと呟かれたとて、「that's right,this is a kitty,haha」などと陽気に返せる筈もない。

「……猫」

僕が苦し紛れに返す。すると彼女は何かがツボに入ったらしくげふげふと咳返して、涙目になりながら言った。

「だるい ああいうの」

恐らくキャンプetc...のことだろう。その意思確認は先刻、大講義室の前で済ませた筈だが。

「まあ、普通に急過ぎるね」

「それ ワタシ、普通に無理」

「普通にね」

彼女の方も、僕を「真剣にコミュニケーションする必要がない相手」と認識したらしく、悪鬼羅刹の如く憤怒に歪んでいた表情は途端に柔らかくなって、はらみのことをよしよしと撫で始める。その表情は、逆説的な表現であるが今僕と共に孤独を噛み締めているにはあまりに勿体なく、魅力的なものだった。

「サークルとかは?」

「まあ、追い追い探すよ」

「ふぅん なんでもいいけど」

「僕も挫折しそうな気がするね」

それな、と言うように煙草を挟んだ指をピンと立てて彼女が顔をしかめる。

「4年、適当に遊ぶだけでしょ」

「せっかくだし、勉強はしたいけれど」

近代文学

僕に煙草を向けて彼女が言う。ずいぶんと行儀が悪いが、猫にすら舐められる僕からすればそんなことはじゃがりこの内容量が1本少ない、くらいにどうでも良いことだった。

「僕? そうそう、そういう顔してる?」

「少なくとも外国語話したいって顔じゃない」

「そうだね、旅行に行くなら国内がいいな」

「日本、安全だし」

君は、と聞こうとして、名前を聞いていないことがそろそろ会話の上で不便に思えてきた。しかしこの互いに名乗らない、揮発的な関係性が今の2人の間では重要な気もして、僕は言い淀んだ。

「…コイズミウタコ」

脈絡もなく彼女が名乗ったので、僕も返しておく。果たして僕の逡巡は杞憂に終わったわけだが、どうやら小泉詩子には名詞をぽつりと呟く癖があるらしい。

「歌詞研究、したいから 近代文学、一緒かも」

「なるほど、歌詞 邦楽だったら一緒だろうね」

「洋楽は嫌い 聞いてるやつらのせいで」

僕は思わず吹き出した。どう見ても君は洋楽が好きな見た目をしているだろう、と笑いたくなったが、その重量のありそうな革靴で思い切り脛を蹴られることは何となく分かったので、僕の今日の移動手段を守るために口を噤んでおく。

「ロック?」

「見た目で言ったな」

「いやいや、似合ってるよ」

「はぁ …宇多田ヒカルとか、ユーミンとか その辺だよ」

ふう、とひと息ついて彼女は立ち上がった。煙草を器用に灰皿にピンと放り込んで、じゃあねと言った。

「…あ ガイダンス、寝てたから」

スマホを取り出して彼女が言う。

「教えて 単位とか」

「先輩に聞く会とかあるらしいけど」

「…分かってて言ってるな」

今彼女が煙草に火を点けていたら、間違いなく僕の身体には根性焼きの痕が残る羽目になったのだろうが、それにしても初手爆睡とは見上げた胆力だと素直に感心したので、僕はへこへこと頭を下げながらQRコードを表示した。

「…ん じゃあ」

「うん」

最後までまともなコミュニケーションなど取らないまま、彼女は喫煙所スペースを出て行った。

不思議な女であった。あれだけ美人で気さくであれば、その気になればいくらでも人間関係など増やせそうな気もするが、根本的に他人とのコミュニケーションを厭う人種なのだろうと思った。

少し呆けていると、そう言えば久しぶりにスマホを取り出したことに気づく。

「…やばい」

通知の量がとんでもない。──僕のことをよく分かっている彼女であるから、おそらく自分のガイダンスが終わった後に大講義室へ健気に足を運んでくれたのだろうが、そこで僕が脱走したことに気づき、学内の捜索を始めたのだろう。そして人のいない方へ、人のいない方へと足を運び──。

「…何がやばいのん?」

聞こえてきた穏やかな声に、思わず僕ははらみの後ろに隠れる。おい、焼肉形態をやめろ。立ち上がって名付けの親を守るのだ。

「美人さんやったなぁ」

にこにことしながら、明らかに甘い声音で、努めて冷静であろうとするように言う。

「すすす、すす、すっスイマっ」

「…あ、かわいい」

じりじりと詰め寄ってきていた涼香が、しゃがんで足元のはらみをよしよしと撫で始める。

「…まあいいけど お友達出来はってよかったやんか」

「全然怒ってないじゃないか」

「そら、ささくんがあんな美人さんとどうこう出来るって思てへんからね」

ひと通りはらみを愛でてから、鞄からウェットティッシュを取り出して彼女が手を拭く。拭き終わったそれを僕の手の上にぽんと乗せて、捨てといて、と言う。やはり少しは怒っているのかも知れない。

「ガイダンス、逃げたん?」

「失敬だな 最後まで居たよ」

「新入生歓迎キャンプって書いてたけど どうせ行きはらへんやろ?」

くすくすと面白そうに笑いながらちくりと彼女が僕を詰る。高校時代から周囲には尻に敷かれているだの何だのと言われていたが、そんなものは事情を知らない呑気な外野の勘違いである。

──尻、なんて柔らかくて魅惑的なものでは生ぬるく、どちらかと言えば靴底に敷かれている。尻くらいだったらむしろ喜んで敷かれるだろうし、そのまま助兵衛な触り方をして手痛い一撃を貰うことだろう。

「僕は勉強をしにきたのであってね」

「そんなん言うて どうせ休みの回数数えることになるんやから」

その時の僕はまさかそんなことになるとは思っていないので、ふん、と強気な態度を崩さないでいたが、果たしてカレンダーが7月になる頃には時間割に書いた正の字を数える生活となっていた。それが分かり切っていてくすくすと笑う彼女に、僕は口を尖らせて抗議する。

「なんだよ、君は僕にその辺の大学生と合コンでもしてて欲しいのかい」

「したいんやったら、やらはったらええんとちゃいます? あたしは怒りますけど」

「本当、変な人だね」

こういうところが敵わないし、敵わないから良いのである。彼女は僕の情けないところを全部知っていたし、それを知った上で時々身に余る愛情を僕に注いでくれた。簡単に言えば、彼女の側は僕にとってすごく居心地が良かった。

興味がなさそうに寝転がっている猫に、優しく手を振りながら涼香が言う。

「おおきにね この人の相手してくらはって」

「どう見ても僕が構ってやっていただけだろう」

「はいはい 行きましょか」

僕が近くのゴミ箱でウェットティッシュを捨てると、涼香はぴったりと僕にくっついた。

「…やめたまえよ 見せびらかしているみたいだ」

「嫌どすか」

「君が安い女に見られるのは嫌だね」

「あたし、かえらしいさかい 安いに見られた方が楽やわあ」

はしゃいだように手を握ってくる彼女にため息をつきながら、夏になれば虫が凄そうな生け垣をぼんやりと見つめる。僕は、そこに咲いていた赤い椿の美しさを、その柔らかくて細い指の感触と一緒に、今でも忘れることが出来ないでいる。