ささまる血風帳

140字にまとめるのが苦手

笹ノ昔噺2 〜煙と曲者とPS2〜

読者っちへ

うぃっす〜!ささまるです!

毎日の仕事で、つらみが深いので、

しばらく筆をスヤァしておこうと思います。

次回は書けたら書くマンです!

 

ということで当たり前みたいに半年ぶりの更新です。最近文章を書いたり、考えたりする脳の機能が著しく減退しているのを感じる。そろそろ真面目に断酒しよう。そしてブログでリハビリをしよう。今日は↓のような私小説だけれど、前みたく適当なブログをちょこちょこ書いていきたいという気持ちだけ表明しておきます。

 

余りに適当に書いているせいで、どんな文体で書いていたかを忘れた。だって半年前なのだもの。あ、前回はこれです→(笹ノ昔噺1 〜孤独とパンクと京女〜 - ささまる血風帳)。

大体そんな感じで、僕の大学1年目夏までの記憶はまるで1週間前の晩ご飯のように朧げだ。そもそも食べたっけ。たぶん週末を楽しむために無理やりラーメンを食べて余計嫌な気分になった気がする。

なぜ朧げかと言うと、本当に何もないからである。閉店間際のスーパーならまだクリアランスセール的なものをやっているが、僕の場合そこから何かを売ってしまうと本当に何も残らない。惣菜の中でも不人気を極める(個人の感想です)おからですら残らないだろう。

とにかく、「どうせ単位足りへん言いはるんやから」と涼香の厳しい管理の元、一年次に取っておくと後が楽になるタイプの単位をどっさりと取得し、1日4〜5コマを週5回繰り返すことになった。全休なんて無いし、時々はサボって彼女に詰められたが、充実したキャンパスライフなど夢のまた夢、高校時代とさして変わらない生活であった。確かに高校の規則正しい生活から離れて時間の浅い一年次にそれを敢行する、というのは我が恋人ながら理には適っている。しかし一体全体人間はプログラムでは無いわけで、想定通りの挙動をすることはないのである。プログラムでもしねえよ。仕事を思い出して鬱になった。

どうやら彼女は僕を教職員にしたかったようであるが、日本国憲法の講義は初回で完全に挫折したので(僕は興味が無い事柄の暗記が絶望的に出来ない)、めでたく僕は教職コースからは命からがら脱出することになった。

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逃げ出さなければ今頃僕は既婚者であったような気もするが。人生とは選択の連続である。

ふらりと入った軟式野球サークルも、人数が足りていないため廃部となった。行ったのは守備練習くらいのものである。「根本的に人と関わるの向いてはれへんねえ」などとラインを超えた暴言を食らう疫病神っぷりだが、割と苦手だったフライボールが捕れるようになったので、それはそれでいいかということにしておく。

「ささくん、ささくん」

1学期の試験期間最終日、疲弊した顔で講義室を出た僕に、涼香がふわりと笑いかける。

「ちゃんと出来はったん」

「持ち込みアリだからね ほぼ写経だよ」

ちゃりんと自動販売機に金を入れて、リアルゴールドをごくごくと飲む。この頃の僕はまだ飲酒していなかったので、リアルゴールドがこの世で1番美味しい飲み物だと思っていたわけだが、飲酒した今でもリアルゴールドがこの世で1番美味しいと思っている。

この一文に意味はなかった。

そう言えば最近は自動販売機に小銭を投入することも無くなった。スマホを翳せば飲み物が出てくる世の中は一体どこへ向かっているというのか。

けたたましく鳴く蝉は一体何を主張せんとして叫んでいるのだろう。今まで暗い土の中に閉じ込められて、やっと外へ出たかと思えば、クソ暑い太陽の下で五月蝿い五月蝿いと罵られる、そんな苛烈な運命への怨讐であろうか。ロックとは蝉なのかも知れない。

じりじりと陽炎に揺れるキャンパスを眺めていると、ふわりと風が吹いてくる。ぱたぱたと扇子で風を送ってくれる彼女が、ころころと笑って言う。

「はい、前期よう頑張りました」

「周りからはこの光景がどう見えているんだろうね」

「健気な彼女さんやなぁって思われとるんとちゃいます 亭主関白やね」

「完全に僕が悪役じゃないか」

「昔からそうやないの」

僕らが座るベンチの前を通り過ぎる男子学生達の詰るような視線が刺さるように痛かったが、確かに高校の時からずっとこの様子なのである。

 

高校時代、僕は基本的に暇だった。暇だった僕は、友人と話すくらいしかやることがなかったので、それはよく友人と話した。話した内容は何も覚えていない。「話してコミュニケーションを取った」という事実が大切なわけで、何を語らうかなど高校生にとっては心底どうでも良いことなのである。

そして僕は隣の、さらにもうひとつ隣の席の男と仲が良かった。僕とそいつに挟まれた人間は、止まらないマシンガントーク、とめどない情報の濁流に瞬く間に頭をショートさせ発狂し湖水のほとりへ獣のように走り出したものだった。僕の名誉のために白状するがこれはめちゃくちゃ盛っている。

しかし、僕らの波状攻撃をものともしない存在が現れた。それは情報攻撃の効かないアンドロイドでもなく、アーノルドシュワルツェネッガーよろしく屈強なマッチョマンでもなく、ただただ可憐な乙女の形をしていた。

名を柊木涼香と言った。

奇妙に思った僕は、彼女にちょっかいを出し始める。

「…そこで僕はサスペンドをブラッシュアップしてソフィスティケートしたわけさ はは、柊木さんはどう思う?」

「せやねえ それはサステナブルやわぁ」

その言葉の海の広さ、深く透き通るような含蓄に僕が心を奪われるまで時間はかからなかった。──ある日、いつものように授業中に爆睡を決めて効率的な体力回復を行っていた僕がぱちりと目を覚ますと、彼女と目が合って、「おはよう」と柊木さんが悪戯な表情で口パクをしてみせて、それで完全に恋に落ちてしまったとかでは断じてない。僕はそんな浮ついた性根は持ち合わせていないのである。

「柊木さん、僕は君のことが好きでね」

「はいはい おおきに」

日常的に何度告白してもこの調子だったので、僕は攻めあぐねていた。よくよく考えてみればそんな奇行は確実に笑いを取るためのものと判断されて然るべきなのだが、とにかく僕は彼女のことが好きでたまらなかった。

「取り合ってくれないなあ」

「そういう芸風ですやろ、分かってますさかい」

「どうしたら本気と思ってくれるだろうか」

「その賢い頭で考えはったらええやんか」

くすくすと笑って、彼女が本をぱらぱらとめくる。それは夏目漱石だったり、太宰治だったり、芥川龍之介だったりした。幸運なことに僕はその辺りに詳しくなくもなかったので、彼女とは話が合った。

「君は本当に本が好きだ」

「そうでもあらへんよ 映画の方が好きやわあ」

「君の撮る映画はきっと素敵なんだろうね」

「やったことないからよう分かりませんけど たぶん、撮るより見る方が好きやねえ」

彼女は部活に入っておらず、そして偶然僕も部活に入っていなかった。なので、学校から駅への帰り道も彼女の隣に着いて行った訳であるが、だがよく考えればそんな噂が立ちそうなことを嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれた時点で、僕は彼女にもっと誠意のある物言いをするべきだったのかも知れない。

 

「回想編終わらはりました? 長いんやねえ」

「そうだね、終わりだね」

そして今の僕はぱたぱたと彼女を扇子で扇ぎ申し上げている。そよそよと揺れるその黒い髪が綺麗で、多分すごく良い匂いがしているのだろうと思った。

「アイスでも食べに行くかい」

「そうやねえ 家に買って帰ってもええけどね」

TSUTAYAにでも行こうか」

この頃は「さぶすくりぷしょん」という破壊的な概念はメジャーでなかったので、学生が映画を見るとなるとレンタルビデオが主流であった。ものすごく不便な時代に感じるが、正直言って思い立った瞬間に何でも手に入れることの出来る今の方が明らかに異常である。

ただ、こうは言っていても、こうして座っている日陰には少しだけ涼しい風が吹いていて、そよそよと心地が良かったので、2人して動く気にはなれなかった。何より、彼女はこういう風情めいた時間を好むので、いつも涼香が満足するまで僕は急かさないようにしていた。

「…柊木女史じゃないか 相変わらず釣り合ってないねぇ」

聞こえてきた不快な声に僕の眉がひん曲がる。偏屈、傲慢、猥褻とこの世全ての悪を詰め込んだ異形の男が、ずいぶんと嬉しそうな顔をして彼女の前に立った。名を柿本と言った。

「そうですやろ、素敵な人やさかい」

涼香がにこやかな表情で躱す。

「なんだ柿本」

「いやいや、別に何も 邪魔してやろうと思っただけだよ」

そんなことはなくて、恐らく例の文芸サークルとやらの誘いなのだろうと僕は思った。柿本はやたらと僕を誘ってくる。明らかに涼香を気に入っているようなので、あわよくば僕と一緒に彼女も入会させてやろうとしているのかも知れないが、生憎僕は涼香と同じサークルに属す気は全くなかったので、彼女が入りたいと言えば彼女だけが入ればいいと思っていた。その頃の僕は文章を書くことに興味が強くなかったので、そのサークルに入るメリットは「学内に雨でも横になって昼寝できる場所が増える」くらいのものであった。

「部員が足りないと先輩にどやされるんだよ、おっかない」

「どやされる割には随分うれしそうにしているけどね」

「あの人は見てくれだけは立派だからね」

学部の関係で、涼香は既にその「先輩」とやらとは顔見知りのようであった。曰く、綺麗な人ではあるらしい。

「君は興味ありそうだね」

「私? 書くのはちょっとねえ」

「なら、査読をしてもらうでも構わない 落ち着いて本を読める場というのも貴重だと思うけどね」

「へぇ、それならええかも ささくん?」

彼女がじっと僕を見つめた。反対したりしないのは分かっていても、彼女は一応こうして僕の許可を取ろうとする。

さっきの扇子もそうであるが、他人に僕が少しみっともない人間に映るように感じて、何度か辞めるようにやんわりと伝えてはみたのだが、僕を立てるような素ぶりが彼女の中では落ち着くらしく、話し合いは平行線だった。

「…いいと思うよ」

「じゃあ、2人でお邪魔さしてもらいます」

「…いやいや、ちょっと待ちたまえよ 僕は入るとは──」

否定の言葉が紡ぎ終わらないうちに、柿本に恐ろしいスピードでサークル室へ引き摺られることとなった。囚人でも扱うような手つきで放り込まれた部屋は、とにかく物が多く雑然としていた。

「んぉ?柿本、部員確保したのかぁ」

紙パックの甘ったるいコーヒー牛乳をちゅうちゅうと吸いながら、地面に転がった僕を面白そうに覗き込む女性。柿本の言う通り確かに整った美人だったが、見るからにアクが強かった。曲者という概念を紙パックのコーヒー牛乳で煮詰めて作られたような人だった。

「先輩のお気に入りの女史も居ますよ」

「でかした、じゃあもう君は辞めていいぞ」

引き摺られるでもなく、とことこと歩いてきていた涼香が、お邪魔します、とサークル室のドアを開けた。

「あら 涼しいわぁ」

「やぁ、大和撫子さん」

「お世話様です ささくん、そんなとこ転がっとったらあきまへん」

ぺしぺしと扇子で僕を叩いて、彼女が言う。市中引き回しの挙句、倉庫のような部屋に投げ込まれた恋人にとんだ仕打ちである。

「はい、起きる」

「彼女の尻に敷かれているね、少年」

「尻ならご褒美だったんですが」

「なら、靴の底か」

「概ねそんなところです …少年、という歳でもないでしょう」

「私からしたら少年みたいなものだろ 3つも下なんだから」

いつの間にか記入が済まされている入会申請書を見ながらからからと笑って言う。確かにそう言われれば、そうである気もする。当時の僕からすれば、高校1年生を見ているのと同じな訳で、高校1年生の僕のことを思い返すとそれは「少年」としか形容できないような気がしたので、甘んじて受け入れることにした。

「へぇ 文学部、有望有望」

「…僕は読むくらいしか出来ませんよ」

「いいや、書けるね 書けるやつの匂いがする」

「それはとんだ腐臭でしょう」

「拗らせているやつからしない腐臭がするね」

「アクタさん、随分な気に入りようだ いいおもちゃでも見つけたみたいな顔をする」

柿本がそう言うと、アクタ──芥舞子(マイコ)はくしゃっと紙パックを潰した。

「そうだね、大和撫子さんが居なかったらキスしてやるところだよ」

「歓迎会はアルコール禁止ですよ」

「アルコール無しで何を歓迎するっていうの!」

「芥さんに飲ませると柊木さんの操が危ないですから」

「恐ろしいわぁ なぁ、ささくん」

「僕には少なくとも寝取られ趣味はないからね」

好きそうなのに、と芥が非常に失礼なことを言った。心外である。

桃色動画を見る時は確かにその手のジャンルを好みはするが、別に僕は寝取られ脳破壊感覚が好きなわけではなくて、エロティックな美女が快楽に抗えずに落ちぶれていくのが好きなだけであり、寝取られる感覚は別に必須ではないわけで、とどのつまり僕は寝取られ好きとは正反対の場所に生きているのである。本当だ。

「まぁまぁ、ここから3年は仲良くしてもらうわけだからね」

「院生がサークルですか」

「遊びを忘れた学者など何も成せはしないのだよ少年」

「マイコさんは有名なんよ 優秀で奇人」

奇人、と言われて芥が愉快そうに笑う。奇人と言われて喜ぶのは間違いなく奇人の仕草だし、おそらく優秀なのもそうだろうと思う。

 

かくして、大学構内に僕の寝場所が出来たわけである。(趣味は偏っているが)本はあるし、芥の調達した(趣味は偏っているが)PS2もあるし、そのうちふんだくられた会費で映像サブスクが導入されたこともあり、怠惰を尽くすには事欠かない存外理想的な環境であった。ただ――。

「舞子さん、今日何箱目ですか…」

「ふふん 呼吸だからね」

部屋に充満するアメスピの煙を吸いながら読む本のなんとも言えない味わいに、今でも僕は取り憑かれている。